2005年02月
2005年02月28日
そっくりさん
って言わないで。と、「Ray/レイ」という映画への評を読んで思います。
いよいよ日本時間の28日(月)第77回アカデミー賞が決まりますね。昨年亡くなったレイ・チャールズを演じた 主演のジェイミー・フォックスの鬼気迫る演技が話題で、本物以上にレイ・チャールズになりきっているとか、歌もピアノも本物そっくり、、とか。そんなところじゃないんだよな。本物偽物という論点を越えた、人間としての歓喜や苦悩を演じきっている彼の演技にこそ「凄い」と感じたわけで。久々に惚れた!って映画なんで、ジェイミーには是非とも主演男優賞でオスカーを獲って欲しいなぁと思うのですが。
先日観ていたテレビでは笑ってしまいました。タレントのきたろうさん。誰に似ていると言われた事があるか?という問いに「しいたけ」と答えていました。そう言われればなるほど。。。ってぇ、椎茸ですよっ!動物でも植物ですらない菌類ですよぉぉぉ。
クスっ。
野菊のようだ、、と言ってもらえる たみさんや、濡れた子犬の毛皮に喩えられる極上ワインの味には比べるべくもないけれど。だからって小川の動物占い「たぬき」は、まさに言い得て妙だとか、手足がニョキニョキしてるからって 女郎蜘蛛に似てるっていうのはやめてよね。プンっっ。
あなたのそっくりさんは 何 じゃなくって 誰?
-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*
★あと3時間後には広島へ向けて出発です。今週は前半に仕事がたて込んでいますが、週末には楽しいスキーが待っている。
よおぉぉし。自分の前に、旨そうなニンジンぶら下げて、今週もどかーんっと頑張っていきましょうねぇ〜!
★ 先週のもこまぐに書いた市町村合併の話題が、今週もかまびすしいですね。新市名の行方が注目されている愛知県美浜町と南知多町で27日、新市の名称についてのアンケートと、合併の賛否を問う住民投票が実施され。 即日開票の結果、新市名として最も多かったのは「南知多市」(1万296票)で、3位の「南セントレア市」の5倍を超えてしまったそうです。
南セントレア市。 日本に居ながらにして外国みたいで、私は結構良いと思うんだけどな。家の近所の「たまプラーザ」なんて地名も、今となってはすっかり馴染んでいるけれど、考えたら相当変だ。
で、肝心の合併の是非について自体、両町とも反対が賛成を大きく上回って、なんと合併そのものが困難な見通しとなったとか。トップダウンで進めようとする事には引っ込む道理も無さそうで。。。泰山鳴動ネズミ一匹。住民無視の絶対多数絶対幸福は成り立たない。他人事じゃない明日は我が身で、それぞれの自治体が合併の是非や功罪を考える時なのでしょうね。
いよいよ日本時間の28日(月)第77回アカデミー賞が決まりますね。昨年亡くなったレイ・チャールズを演じた 主演のジェイミー・フォックスの鬼気迫る演技が話題で、本物以上にレイ・チャールズになりきっているとか、歌もピアノも本物そっくり、、とか。そんなところじゃないんだよな。本物偽物という論点を越えた、人間としての歓喜や苦悩を演じきっている彼の演技にこそ「凄い」と感じたわけで。久々に惚れた!って映画なんで、ジェイミーには是非とも主演男優賞でオスカーを獲って欲しいなぁと思うのですが。
先日観ていたテレビでは笑ってしまいました。タレントのきたろうさん。誰に似ていると言われた事があるか?という問いに「しいたけ」と答えていました。そう言われればなるほど。。。ってぇ、椎茸ですよっ!動物でも植物ですらない菌類ですよぉぉぉ。
クスっ。
野菊のようだ、、と言ってもらえる たみさんや、濡れた子犬の毛皮に喩えられる極上ワインの味には比べるべくもないけれど。だからって小川の動物占い「たぬき」は、まさに言い得て妙だとか、手足がニョキニョキしてるからって 女郎蜘蛛に似てるっていうのはやめてよね。プンっっ。
あなたのそっくりさんは 何 じゃなくって 誰?
-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*-=*
★あと3時間後には広島へ向けて出発です。今週は前半に仕事がたて込んでいますが、週末には楽しいスキーが待っている。
よおぉぉし。自分の前に、旨そうなニンジンぶら下げて、今週もどかーんっと頑張っていきましょうねぇ〜!
★ 先週のもこまぐに書いた市町村合併の話題が、今週もかまびすしいですね。新市名の行方が注目されている愛知県美浜町と南知多町で27日、新市の名称についてのアンケートと、合併の賛否を問う住民投票が実施され。 即日開票の結果、新市名として最も多かったのは「南知多市」(1万296票)で、3位の「南セントレア市」の5倍を超えてしまったそうです。
南セントレア市。 日本に居ながらにして外国みたいで、私は結構良いと思うんだけどな。家の近所の「たまプラーザ」なんて地名も、今となってはすっかり馴染んでいるけれど、考えたら相当変だ。
で、肝心の合併の是非について自体、両町とも反対が賛成を大きく上回って、なんと合併そのものが困難な見通しとなったとか。トップダウンで進めようとする事には引っ込む道理も無さそうで。。。泰山鳴動ネズミ一匹。住民無視の絶対多数絶対幸福は成り立たない。他人事じゃない明日は我が身で、それぞれの自治体が合併の是非や功罪を考える時なのでしょうね。
2005年02月21日
町が おわる
福島県滝根町に行ってきました。
全国的趨勢による市町村合併によって116年間続いてきた町の歴史に終止符が打たれ、3月1日から田村市としてスタートすることになったのです。ついては滝根町閉町記念式典に出席せよとのこと。郡山で新幹線を降り立ち、滝根へ向かう車窓から景色を眺めながら色々なことを思い出していました。
あぶくま洞という鍾乳洞で有名なこの滝根町で、ヒルサイド・アヴェニュー時代 何度も出前アヴェニューの生放送をおこなっています。毎年、様々なアーティストをゲストに迎え、ライブやトークで綴る3時間。なかでも、あぶくま洞に隣接する星の村天文台の名物台長・大野裕明氏の星の話はとても興味深く面白く、全国からの天文に関する質問に楽しく解説しながら答えてくれて大いに盛り上がったものでした。大野台長&小川もこと行くオーロラ観測ツアーなんて企画も 実現まであと一歩だったなぁ。。。
大野さんは、この滝根町閉町をもって天文台長を卒業するそうです。今後は天文ジャーナリスト(素敵な響き♪)として、さらに天文の魅力をあらゆるメディアで伝えていきたいとのこと。ダンディなご尊顔をTV等で拝見する機会も増えることでしょう。
「星と地球(ほし)〜ふたつの宇宙に会える町」そんなキャッチフレーズがまさにぴったり。夢とロマン溢れる自然豊かな町からの全国発信を評価していただいて、小川は「滝根町星の村夢大使」という観光PR大使を拝命しました。
細川ふみえさんや萩尾みどりさんという著名人と並んでの大使の重責、決して果たせていたとは思えませんが、それでも事あるごとに滝根町の名を口にしてきました。
それだけに、閉町に 淋しい気持がこみ上げてきます。
町がなくなる。 とても重大なこと。
町の住民のかたがたこそ、その思いは強いことでしょう。新生・田村市での行政やシステムの変化に不安を覚えてもいると思います。財政力の乏しい町や村同士が合併しても豊かになる道はまだまだ険しい。市町村合併の痛みや抱える問題も見え隠れします。
長い長い式典はゆっくりと進み、町長の挨拶、来賓の言葉、功労者の表彰と続くうち、なんだか自分の住んでいる町のことのように切なさが募ってきました。
そうして立った地元の小学生のメッセージ。町の自然や産物、交通事故死者ゼロ連続5000日達成(!)、何より町の人々の優しさなど町の全てを誇りに思う。この思いを新田村市民になっても持ち続け、もっとたくさんの人と出会い、良い「まち」をつくっていきたいと述べたその言葉にこそ胸打たれ、、、
泣き虫もこさんは思わず涙。
そして町のイメージソング「夢・きらめいて」のコーラスに一緒に口ずさむ頃には号泣してました。
こんなふうに 自分のふるさとを愛し、大事に思っていきたいものだなぁ。
あなたの故郷は 夢・きらめいていますか?
『夢きらめいて』
歌/井上あずみ 作詞/北里有紀生 作曲/野澤 孝
1 風の言葉が 聞こえてますか 花の願いが 伝わりますか
四季を彩る 自然の絵筆 いのちの泉が 湧いてくる
胸にひとすじ 夢・きらめいて しあわせ 滝根は 美しい
星とロマンに 逢えるまち
2 山の青さを 見つめてますか 雲の流れを 追いかけますか
時がいざなう 神秘の世界 ふれ合うぬくもり そこにある
はずむこころに 夢・きらめいて しあわせ 滝根は素晴らしい
若い笑顔に逢えるまち
3 星の光を 抱きしめますか 月のしずくを 受けとめますか
きらめく空に 広がる未来 こころを通わす ひとがいる
もえるひとみに夢・きらめいて しあわせ 滝根は果てしない
明日の希望に 逢えるまち
あつい想いに 夢・きらめいて
しあわせ 滝根は いつまでも
ふたつの宇宙に会えるまち
全国的趨勢による市町村合併によって116年間続いてきた町の歴史に終止符が打たれ、3月1日から田村市としてスタートすることになったのです。ついては滝根町閉町記念式典に出席せよとのこと。郡山で新幹線を降り立ち、滝根へ向かう車窓から景色を眺めながら色々なことを思い出していました。
あぶくま洞という鍾乳洞で有名なこの滝根町で、ヒルサイド・アヴェニュー時代 何度も出前アヴェニューの生放送をおこなっています。毎年、様々なアーティストをゲストに迎え、ライブやトークで綴る3時間。なかでも、あぶくま洞に隣接する星の村天文台の名物台長・大野裕明氏の星の話はとても興味深く面白く、全国からの天文に関する質問に楽しく解説しながら答えてくれて大いに盛り上がったものでした。大野台長&小川もこと行くオーロラ観測ツアーなんて企画も 実現まであと一歩だったなぁ。。。
大野さんは、この滝根町閉町をもって天文台長を卒業するそうです。今後は天文ジャーナリスト(素敵な響き♪)として、さらに天文の魅力をあらゆるメディアで伝えていきたいとのこと。ダンディなご尊顔をTV等で拝見する機会も増えることでしょう。
「星と地球(ほし)〜ふたつの宇宙に会える町」そんなキャッチフレーズがまさにぴったり。夢とロマン溢れる自然豊かな町からの全国発信を評価していただいて、小川は「滝根町星の村夢大使」という観光PR大使を拝命しました。
細川ふみえさんや萩尾みどりさんという著名人と並んでの大使の重責、決して果たせていたとは思えませんが、それでも事あるごとに滝根町の名を口にしてきました。
それだけに、閉町に 淋しい気持がこみ上げてきます。
町がなくなる。 とても重大なこと。
町の住民のかたがたこそ、その思いは強いことでしょう。新生・田村市での行政やシステムの変化に不安を覚えてもいると思います。財政力の乏しい町や村同士が合併しても豊かになる道はまだまだ険しい。市町村合併の痛みや抱える問題も見え隠れします。
長い長い式典はゆっくりと進み、町長の挨拶、来賓の言葉、功労者の表彰と続くうち、なんだか自分の住んでいる町のことのように切なさが募ってきました。
そうして立った地元の小学生のメッセージ。町の自然や産物、交通事故死者ゼロ連続5000日達成(!)、何より町の人々の優しさなど町の全てを誇りに思う。この思いを新田村市民になっても持ち続け、もっとたくさんの人と出会い、良い「まち」をつくっていきたいと述べたその言葉にこそ胸打たれ、、、
泣き虫もこさんは思わず涙。
そして町のイメージソング「夢・きらめいて」のコーラスに一緒に口ずさむ頃には号泣してました。
こんなふうに 自分のふるさとを愛し、大事に思っていきたいものだなぁ。
あなたの故郷は 夢・きらめいていますか?
『夢きらめいて』
歌/井上あずみ 作詞/北里有紀生 作曲/野澤 孝
1 風の言葉が 聞こえてますか 花の願いが 伝わりますか
四季を彩る 自然の絵筆 いのちの泉が 湧いてくる
胸にひとすじ 夢・きらめいて しあわせ 滝根は 美しい
星とロマンに 逢えるまち
2 山の青さを 見つめてますか 雲の流れを 追いかけますか
時がいざなう 神秘の世界 ふれ合うぬくもり そこにある
はずむこころに 夢・きらめいて しあわせ 滝根は素晴らしい
若い笑顔に逢えるまち
3 星の光を 抱きしめますか 月のしずくを 受けとめますか
きらめく空に 広がる未来 こころを通わす ひとがいる
もえるひとみに夢・きらめいて しあわせ 滝根は果てしない
明日の希望に 逢えるまち
あつい想いに 夢・きらめいて
しあわせ 滝根は いつまでも
ふたつの宇宙に会えるまち
2005年02月15日
小千谷でおじや 美味しいな
新潟県中越地区の取材から戻ってきました。
詳しくは「YAJIKITA on the road」をどうぞ、、なのですが。うん、今回ばかりは本当に全国のかたに聴いてほしい。
中越地震の甚大な被害を受けたである小千谷市は いつ止むともなく雪が降りしきっていました。19年ぶりの豪雪に、町は被災の爪痕も隠すようにすっぽりと重たい雪に覆われています。道路横は、立山の「雪の大谷」の如く雪の壁が立ちはだかり、家々の屋根には放っておけば数メートルの雪。傾いだ家にはあまり
に重い枷です。地震でではなく、雪の重みで押しつぶされた家屋は23棟にも及んでます。新たな雪による倒壊を防止するために市民ボランティアのメンバーが日々活動を続けていました。雪堀隊・スノー・バスターズ出動。今回の取材は、そんな作業に実際参加しながら「ボランティアって?」を考えるとても意義深いものとなりました。
いろんなことを考えたよ。うん、いろいろ考えた。
今回密着させてもらったボランティア組織「中越元気村」そこにはこの連休中、全国から100名を越える若者達がやってきて真剣に取り組んでいました。
番組では 彼らと鼎談しています。「誰のためにどんな思いで?」など、かなり意地悪な質問も投げかけながら、ボランティアの本質を問うていきます。
私の中の「ボランティアって何?」は まだ答えが出ていません。
正解って無いと思うし、これが正しい在り方ってのも無いと思う。
でも、必要とする人がいて、労力を惜しまない人がいる。
そこに喜んでくれる人が居て、人の役にたつ喜び、人と繋がる喜びを覚える。
ちょっと生き方は不器用で とても純粋で 明るくて輝いている目が綺麗な人達。
なんだか 眩しく素敵だったのは紛れもない事実です。
こんなページ。
眺めてみてください。
http://www.gassan.jp/genkimura/index.html
雪が溶けたら 地震と闘う第二章が始まります。
がんばれ にいがた がんばれ自分。
詳しくは「YAJIKITA on the road」をどうぞ、、なのですが。うん、今回ばかりは本当に全国のかたに聴いてほしい。
中越地震の甚大な被害を受けたである小千谷市は いつ止むともなく雪が降りしきっていました。19年ぶりの豪雪に、町は被災の爪痕も隠すようにすっぽりと重たい雪に覆われています。道路横は、立山の「雪の大谷」の如く雪の壁が立ちはだかり、家々の屋根には放っておけば数メートルの雪。傾いだ家にはあまり
に重い枷です。地震でではなく、雪の重みで押しつぶされた家屋は23棟にも及んでます。新たな雪による倒壊を防止するために市民ボランティアのメンバーが日々活動を続けていました。雪堀隊・スノー・バスターズ出動。今回の取材は、そんな作業に実際参加しながら「ボランティアって?」を考えるとても意義深いものとなりました。
いろんなことを考えたよ。うん、いろいろ考えた。
今回密着させてもらったボランティア組織「中越元気村」そこにはこの連休中、全国から100名を越える若者達がやってきて真剣に取り組んでいました。
番組では 彼らと鼎談しています。「誰のためにどんな思いで?」など、かなり意地悪な質問も投げかけながら、ボランティアの本質を問うていきます。
私の中の「ボランティアって何?」は まだ答えが出ていません。
正解って無いと思うし、これが正しい在り方ってのも無いと思う。
でも、必要とする人がいて、労力を惜しまない人がいる。
そこに喜んでくれる人が居て、人の役にたつ喜び、人と繋がる喜びを覚える。
ちょっと生き方は不器用で とても純粋で 明るくて輝いている目が綺麗な人達。
なんだか 眩しく素敵だったのは紛れもない事実です。
こんなページ。
眺めてみてください。
http://www.gassan.jp/genkimura/index.html
雪が溶けたら 地震と闘う第二章が始まります。
がんばれ にいがた がんばれ自分。
2005年02月07日
もこ伝に寄せる思い
通称「もこ伝」こと、小川もこの伝言板がリニューアルされた。
これまで使わせてもらっていた「クリックマガジン」が諸事情により閉鎖に。が、いろいろな経緯から、もこ伝は管理者が変わって再出発することになった。
特別な思いのこもったBBSである。どうか末永く、皆が訪ねてくれる場であってほしい。
小川もこのホームページ。
作りたいと切望したのは今から10年近く前にさかのぼる。パソコン関連イベントMCの仕事が複数舞い込むようになり、身近にコンピュータに明るい人間がいたものの、根っから文系アナログ人間の私に使いこなせる自信も意欲もなく。パソコン通信だメールのやりとりだと活用している人達を尻目に、ただ漠然とネットの世界に憧れの気持だけを持っていたあの頃。世の中、まだインターノット環境は整っていない。テレビは勿論ラジオ番組でも、ほんの一部の番組にようやく「番組ホームページ」なるものが出来、読み上げるURLなど不思議な呪文に聞こえたものだった。
そういえば、あの頃は「ドット」のことを「ピリオド」と呼んでいる人がほとんどだったなぁ。。私がドット、、と読むと、それが民謡のかけ声に聞こえるというので、ペンネームを「えんや〜どっと」にした...というかたもいらっしゃったっけ。
当時「ヒルサイド・アヴェニュー」というリスナー参加型の番組を担当していたが、そこには全国から あまりにも数多くの様々なメッセージが届く。番組で紹介できるのはほんのちょっと。こぼれてしまった中に、まだまだ素晴らしい内容のものがたくさんある。これをなんとか全国の人に紹介したい。私がホームページを作りたい!と切望したのは、ただただその一点からだった。薄っぺらな人間の私に、発信したい、、と欲する自分の思いや自分自身のことなどはあまりなく、とにかく番組のフォローがしたいだけ。早く作ろうよ!おしりを叩いても、当時の番組スタッフで重い腰を上げる者はいなかった。
それならば。。。パーソナリティーがやるしかない。まず当時、別曜日担当の石川小百合さんが、自分のページを立ち上げた。内容は彼女のプライベートページに色彩が濃く、私の目指しているものとは微妙に違う。おりしも97年5月、インターネットをテーマにする出張放送が福島県の白河でおこなわれることになった。それにあわせて、見よう見真似の突貫工事でページを創り上げたが、出来たのは目次の項目だけ。全て「近日公開!乞うご期待!!」の文字が躍るB級映画の予告編のよう。それでも、たった一日で千件以上の訪問者があって、既にネット人口は多いと実感したものだった。
少しずつ少しずつ体裁を整えながら、メールで頂いたものや、当初の目的の当時ほとんどファックスで届いていたメッセージを手打ちでパソコンに打ち込んでホームページにアップする。これは気の遠くなるような作業だった。そこで急務は皆が気軽に書き込める掲示板システムを作ること。これなら番組テーマも皆に書き込んでもらえる。
私にはどうやっていいかわからない。どんなページがあるのだろう、、とネットサーフィンをしていた時、FM山口のホームページにたどり着いた。そこで、とあるチャリティーの活動を通して下関のインターネットサービス会社「チップス」とそこに働く濱川さんを知ることになる。何度も何度もメールのやりとりを繰り返すうち、濱川さんとは同志というか戦友のような気持が芽生えていく。そうして彼のご厚意で、当時から先進のシステムで稼働していた伝言板システムを使わせてもらうことになったのだった。感謝。
もこ伝。ここは私にとって何倍も生きた気持になれる人生の縮図だ。
喜怒哀楽、様々なやりとりがこの伝言板上で繰り広げられてきた。もっと頑張って前進せねば、、と叱咤激励をいただく場でもある。生きている時間は限られている。
そこで一人でも多くの人に出会う機会をもらえるのは、やっぱり幸せなんだと思う。時に泣いたり傷つけたり傷ついたりするとしても。臆病にならず、ゆっくりじっくり こみゅにけーしょんしていこう。
リニューアルされた今も、この5年分以上の過去ログは読むことが出来ます。心が疲れたとき、ふっと時間が出来たとき、そんな昔にちょっとだけ。あなたも足を踏み入れてみてください。時の流れを感じつつ。たのしいよ。そして、また色々な足跡をそこに残してみてください。あなたのおいでを待ってます。
http://djmoko.tip.ne.jp/
これまで使わせてもらっていた「クリックマガジン」が諸事情により閉鎖に。が、いろいろな経緯から、もこ伝は管理者が変わって再出発することになった。
特別な思いのこもったBBSである。どうか末永く、皆が訪ねてくれる場であってほしい。
小川もこのホームページ。
作りたいと切望したのは今から10年近く前にさかのぼる。パソコン関連イベントMCの仕事が複数舞い込むようになり、身近にコンピュータに明るい人間がいたものの、根っから文系アナログ人間の私に使いこなせる自信も意欲もなく。パソコン通信だメールのやりとりだと活用している人達を尻目に、ただ漠然とネットの世界に憧れの気持だけを持っていたあの頃。世の中、まだインターノット環境は整っていない。テレビは勿論ラジオ番組でも、ほんの一部の番組にようやく「番組ホームページ」なるものが出来、読み上げるURLなど不思議な呪文に聞こえたものだった。
そういえば、あの頃は「ドット」のことを「ピリオド」と呼んでいる人がほとんどだったなぁ。。私がドット、、と読むと、それが民謡のかけ声に聞こえるというので、ペンネームを「えんや〜どっと」にした...というかたもいらっしゃったっけ。
当時「ヒルサイド・アヴェニュー」というリスナー参加型の番組を担当していたが、そこには全国から あまりにも数多くの様々なメッセージが届く。番組で紹介できるのはほんのちょっと。こぼれてしまった中に、まだまだ素晴らしい内容のものがたくさんある。これをなんとか全国の人に紹介したい。私がホームページを作りたい!と切望したのは、ただただその一点からだった。薄っぺらな人間の私に、発信したい、、と欲する自分の思いや自分自身のことなどはあまりなく、とにかく番組のフォローがしたいだけ。早く作ろうよ!おしりを叩いても、当時の番組スタッフで重い腰を上げる者はいなかった。
それならば。。。パーソナリティーがやるしかない。まず当時、別曜日担当の石川小百合さんが、自分のページを立ち上げた。内容は彼女のプライベートページに色彩が濃く、私の目指しているものとは微妙に違う。おりしも97年5月、インターネットをテーマにする出張放送が福島県の白河でおこなわれることになった。それにあわせて、見よう見真似の突貫工事でページを創り上げたが、出来たのは目次の項目だけ。全て「近日公開!乞うご期待!!」の文字が躍るB級映画の予告編のよう。それでも、たった一日で千件以上の訪問者があって、既にネット人口は多いと実感したものだった。
少しずつ少しずつ体裁を整えながら、メールで頂いたものや、当初の目的の当時ほとんどファックスで届いていたメッセージを手打ちでパソコンに打ち込んでホームページにアップする。これは気の遠くなるような作業だった。そこで急務は皆が気軽に書き込める掲示板システムを作ること。これなら番組テーマも皆に書き込んでもらえる。
私にはどうやっていいかわからない。どんなページがあるのだろう、、とネットサーフィンをしていた時、FM山口のホームページにたどり着いた。そこで、とあるチャリティーの活動を通して下関のインターネットサービス会社「チップス」とそこに働く濱川さんを知ることになる。何度も何度もメールのやりとりを繰り返すうち、濱川さんとは同志というか戦友のような気持が芽生えていく。そうして彼のご厚意で、当時から先進のシステムで稼働していた伝言板システムを使わせてもらうことになったのだった。感謝。
もこ伝。ここは私にとって何倍も生きた気持になれる人生の縮図だ。
喜怒哀楽、様々なやりとりがこの伝言板上で繰り広げられてきた。もっと頑張って前進せねば、、と叱咤激励をいただく場でもある。生きている時間は限られている。
そこで一人でも多くの人に出会う機会をもらえるのは、やっぱり幸せなんだと思う。時に泣いたり傷つけたり傷ついたりするとしても。臆病にならず、ゆっくりじっくり こみゅにけーしょんしていこう。
リニューアルされた今も、この5年分以上の過去ログは読むことが出来ます。心が疲れたとき、ふっと時間が出来たとき、そんな昔にちょっとだけ。あなたも足を踏み入れてみてください。時の流れを感じつつ。たのしいよ。そして、また色々な足跡をそこに残してみてください。あなたのおいでを待ってます。
http://djmoko.tip.ne.jp/

