2005年05月

2005年05月30日

インテリジェンス4

:知能、聡明、知性、理性的存在。
聡明な人物を見ると、そのインテリジェンスに憧憬のあまり、両の手を胸の前に組んで「きゃっ」ポーズをとってしまう。

ジャズという音楽は、聴く側はともかく、演る側は頭が良くないと絶対出来ない音楽だなと ライブを聴きながらいつもいつも思う。数々の順列と組み合わせから、更なるオリジナリティーを瞬時に産み出しつつ表現していくのだから。あぁ賢いのね、貴方って人は...と、ジャズメンに畏敬の念を抱かざるを得ないのだ。

昨日、NHKの505スタジオに迎えたテナーサックス奏者ティム・アマコストは 中でも特にインテリジェンスあふれる人物である。

1962年12月8日アメリカ・ロサンゼルス生まれ。音楽家の母の影響で、7歳よりフルート、8歳からクラリネットを始め、15歳でテナー・サックスに転向。16歳で当時住んでいたワシントンのビッグ・バンドに参加、演奏活動に入っている。大学卒業後、オランダ・アムステルダムに移住、世界的に活動範囲を広げていった。うち1年間はインドのニューデリーに住み、インド音楽を探求、1993年からニューヨークに居を構え、今は妻と二児を何よりも大切に愛し、さらに全世界で活躍を続けている。

5歳から1年間、8歳から2年間、そして20歳から2年間は早稲田大学の交換留学生として日本に住んだ経験をもち、日本語に堪能なのは勿論、禅を探求、来日のたび京都の禅寺で座禅を組むのを常とする。下手な日本人より、よほど日本文化に対する造詣が深い。。。

ちなみに ティムの父親は有名なマイケル・アマコスト元・駐日大使。1992年、当時大統領だったパパブッシュが来日時に彼とペアを組み、天皇&皇太子のペアと赤坂御所でテニスで闘っている。その夜、パパブッシュは 宮沢首相主催の夕食会で 突然嘔吐し昏倒。会場は騒然となったものの、その直後に 夫の代役でスピーチに立ったバーバラ夫人の以下の言葉は、今でも名フォローとして語り継がれている。
「今夜こんなことがあったのは、すべてアマコスト駐日大使のせいなんです。今日、大統領と大使がペアを組んで、天皇陛下、皇太子殿下とテニスの試合をしたのですが、ひどく負けてしまって。ブッシュ家は負けることに慣れていないもので....」

言い訳にされてしまったアマコスト大使さんこそ いい迷惑だ。

 さて、その息子ティム・アマコストのテナーの音色の素晴らしさは、505スタジオでも語りぐさとなる。
キンキンした音、ギンギンした音、ブオーブオーする音、バウバウな音...テナーの音色は演奏者によってまさに十人十色だが、ティムのそれは温もりがあって柔らかい。それでいて艶がある。ジェントリーで品があり、そうしてエモーショナルに心に沁みてくるのだ。収録終了後、ミキシングエンジニアや担当Dが口々に「ティムの音は良いね。人柄が表れているよね。」と感心して語っている。今回はファッツ・ウォーラーの「ジターバッグ・ワルツ」やデューク・エリントンの「イン・ナ・センチメンタル・ムード」など馴染みのスタンダードも取り上げているのだが、アレンジ、アプローチが独特で新しい。ゆったりとラウンドし、ジャズの真骨頂の自由な楽しさが伝わってくる。

ドラムスのビリー・ハート、ベースはレイ・ドラモンド、ピアノはブルース・バースという超一流のレギュラーメンバーとの、この7年間で培ってきた信頼感、一体感ががっちりと噛み合い、何より素晴らしい。
ジャズには、斬新な取り合わせから、ハプニング、組み合わせの妙を楽しむ意外なセッションの魅力もあるが、やっぱりレギュラーメンバーでなんのストレスも感じず感じさせず、阿吽の呼吸で悠々と頂きを極めて
いく演奏というのは、やはり心地よいのだ。
この日のライブは6月12日(日)夜10時から全国のNHK−FMでOn Air(再放送は6月17日(金)朝10時〜)される。

今回は約10日間のショートツアーだったが、また秋から冬にかけて、今度はピアノの椎名豊のツアーでじっくり日本全国を廻る。もし、聴いた事がなかったら一度、彼のテナーの音を、表現世界を、じっくりと生で味わってほしい。

インテリジェンス。”天使"、"霊”の意味をも表す。
聡明な天使がアーマコストの後ろに ほら にっこりと微笑んでいる。

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2005年05月16日

嬉しい電話4

 昨日の午後、NHKセッション505のライブ収録へと向かう道すがら、私の携帯が鳴った。
弟からだった。息せき切った口調で、「今、名古屋ぁ!」と叫んでいる。
えっ?名古屋?東京に住んでいるのに...。仙台の親のことで何か突発事件でも起こったのか?
頭の中は、おおよそ良くない想像が あれやこれやかけめぐる。すると、彼の口から続いた言葉は
「受かった。六段受かった。」
一瞬、ぽかん。

彼は名古屋において、剣道の昇段審査を受けていたのだった。

 我が実家の父は、元・自衛官だが剣道家でもある。弟はそのスパルタの指導を受け、小学校に上がる前から、自宅の庭で学校の体育館で竹刀を振ってきた。決して最強の剣士ではなかったと思うが、小学校時代は少年剣道クラブに所属し、私と正反対で実に責任感が強い彼は、その後も中・高・大学と剣道部の主将を務めていた。社会人となった今も、仕事の合間を縫って剣道を続けている。

何段からどのように価値があるのかは、私にはよくは解らない。
でも、そう簡単にとれるものではないことは見て取れる。数度のチャレンジと失敗を経て勝ち取った「六段」の称号を 誰よりも喜んだのは、やはり実家の父 その人。

昨日の夜、今度は仙台の父から着信履歴あり。こちらから電話をすると、最近無かった 父のなんと朗らかな声。息子の昇段を祝い、母と共に自宅で祝杯をあげていたところだと言う。
八年前、大手術をおこなった母は、いよいよ病膏肓に入り、父が一人で在宅介護をおこなっている。その父自身も膝を痛め、最近は歩く事もおぼつかなくなっており、ケアマネージャーやデイサービス等の手を借りながらなんとか日々を過ごしている。

ここのところ実家からかかってくる電話と言えば、深刻な、あるいは泣きながらの訴えが多かった。それが今夜は こんなに明るい声で「母さんの調子もすこぶる良く、二人で良かった良かったと祝っていたところだ」と言う。「これをいいきっかけに、母さんは良くなるかもしれないな」などと珍しく楽観的なことも口にする。
電話を替わった母も、先日の涙声が嘘のような明るい声。

そう。どんな慰めより、どんな言葉より、こういう事が 何よりの心の支えになるのだろう。

老いるということ。
介護、病と対峙し闘っていくということ。
人間、年をとると直面する様々なことに、押し潰されそうな思いが巡る今日このごろ。
家族の喜び事。嬉しい報告。どんなささやかな事であっても、こんな良いことが きょうはあったよと、老親を喜ばせるような話題の提供が出来る自分でありたいものだ。

一番の親孝行を果たしてくれた昨日の弟くんに、
「本当におめでとう」
と心の中でつぶやきながら、電話を切った後、私も独り 祝杯をあげた。

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2005年05月08日

四半世紀ぶりの邂逅1

5月8日(日)
 宮城県第二女子高等学校。
仙台市にある私の母校だ。2004年に創立100周年を迎えた歴史と伝統ある女子校である。

この宮二女の東京支部総会がこの日、都内のホテルでおこなわれた。毎年開催されている恒例行事らしいが、アッパー50代の、落ち着いた年代が集う世界...と思っていたら、毎年幹事を務める学年は色々準備をする関係上、結束するらしい。丁度今年が我々のお当番学年になってしまったことから、幹事代表から小川へ司会の御鉢が...いえ、大役が廻ってきたのだった。最高齢90歳の卒業生から昨年卒業の子まで数百人が集う中、議事進行、アトラクションの紹介、その後ディナーを食べつつ、様々な余興や恩師へのインタビュー等々、聞けば誰でも出来るような司会。私じゃなくても。別に驕りじゃなく、億劫な気持が手伝って、断ろうかなぁモードに陥る。

自慢じゃないが、私には愛校心などというものがまるでない。卒業以来、一度たりとも母校の行事に顔を出したことが無かった。

脳天気で明るかった中学時代、楽しい学園生活&もう女子大生DJとして喋っていたので大人の世界や芸能界をちょっと覗き見してエキサイティングだった大学時代。それに比べ、どうしたって高校時代は私にとってはグレイゾーンな時代なのである。

同じ大学に進学した友人以外は、卒業以来音信不通。まぁ不義理な奴。でも、関東に住む同窓生が50人以上も集まるという。東京に、仙台の高校の同窓生がそんなにたくさん居るなんて思ってもみなかった。懐かしい固有名詞を幾つか聞くうちに、全く忘れていたあの頃が徐々に蘇ってくる。皆に会うのもいいもんだろうな。
それに当時の恩師の幾人かも出席するという。その一人に菅野先生の名前を発見し、私はこの仕事を受けようと決めたのだった。

 私が進学大学を選んだ最大の動機は地理学を勉強したい、、だった。
高校3年生の時、地理をとても楽しく教えてくれた先生の影響を受けたのだ。通称「キザカン」。キザな台詞を交ぜながら、ユーモアたっぷりに日本の、世界の、様々な事象を説明してくれる。心は視聴覚教室を離
れ、一気にあらゆる町、国々へと誘われる。地理学が大好きになった。通常、受験科目にも選ばれないこの地味な科目を、私はキザカンに褒めてもらうことを目標に頑張ったものだ。その甲斐あって無事進学、都市地理学を専攻した。もっとも、大学はサークル活動のために通っていたようなものだったが、卒論には「オリンピックを契機とする都市再開発について」をテーマに真剣に取り組み、単身 取材旅行をしたのも良い
思い出。

まさか、そんな地理の勉強が 実社会で役に立つなんて。
そう。ヒルアヴェやYAJIKITA on the road で日本国中、時には世界を旅する仕事に就こうとは 高校時代 知るよしもない。貴方の御陰で私は今、ここにいます。
そんな一言が言いたかった。

久しぶりにお会いしたキザカンは。。。真っ白な白髪頭ながら、精悍なおじいさんになっていた。
教職を勇退後、もう世界を47カ国旅したという。あと80カ国は廻るつもり。それまで老いぼれてなんかいられない、、というスピーチに、万雷の拍手が送られる。それに、普通なら生徒のほうから恩師のテーブルへと出向き、話をするものだろうが、キザカンは我々の席をくるくる廻っては話し込み、皆の嬌声を浴びている。女性好きなところも、ふふ、当時と変わっていないようだ。我々がオバサンになぁ〜っても♪だ。


でも、キザカンは。 私を憶えていなかった。
がくっっ。
他人行儀に「司会お上手ですね。こんな生徒が我が校にいたんだなぁ。」
なぁんて言われた日にゃぁ、、、

再会は いつの日も 残酷なものである。

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2005年05月07日

森山威男さんのLive5

5月7日(土)
 横浜のジャズクラブ「ドルフィー」でおこなわれたドラマー森山威男さんのライブを聴いた。

山下洋輔トリオの黄金期に全世界を席巻、特にヨーロッパで圧倒的支持を集めた伝説のカリスマドラマー森山さん。
今は岐阜県可児市に居を構え、関東圏でライブをおこなってくれるのは年に数度のみ。いきおい熱狂の信者とも言うべき多くのファンのボルテージは最高潮に達し、この夜も遠く北海道、九州をはじめ全国から押し寄せた。テーブルも置けない店内はギューギュー詰めで立錐の余地なし。
その観客皆が 森山さんの一挙手一投足に 見入り聴き入っている。

4ビート、8ビート、ちょっと跳ねた16ビート...そんな定期的”リズム”を刻むのがドラムス、、と思っっているのなら認識を新たにして欲しい。森山さんのそれは、リズムマシーンのような繰り返しが一切無い。なのにリズムがキープされている不思議。
大きく羽を伸ばした鳥の羽ばたきのように 動きは華麗で優雅なのに、ダイナマイトな爆裂音が繰り出される不思議。
穏やかな語り口調、優しい人柄、ジェントリーな佇まい。それでいて、あのドラミング。
 ジャズ界の七不思議は 幾つも彼のためにある。

 時に絵筆で絵画を描くが如く、時に古典から前衛まで古今東西様々な舞踊の如く、そして時には 性の営みの如く。
見聴きする者の感性にひたひたと迫ってくる。「和」の雅、たおやかさをも感じさせる。
唯一無二。
ワン・アンド・オンリー。
世界中、彼の前にも後にも同様のドラマーは存在しない。

 心の動きそのままに、心の臓の鼓動が発せられている。空気を揺るがす大音量。しばらく耳鳴りが止まない。けれども、決して煩くはないのだ。およそ楽器を演奏するとか、打楽器を打つとか、音楽を奏でる...という表現では言葉足りない、魂のほとばしりが 覆い被さるように迫ってくる。そして満ち足りて 子どものように泣きたくなるのだな。

通常ジャズのライブと言えば「イェィっ!」とか「ヒューっ♪」なんて歓声と拍手 がソロの部分には送られるものだ。が、彼のドラミングにおいては皆、あまりのことに 魂が幽体離脱状態に陥ってしまうのじゃなかろうか。拍手も「ふぅ...」という溜息のあと、一呼吸置いて湧き起こる。ライブ終了後、しばらく無言...の時間が流れている。

腰が抜けてるのよ皆。
「いやぁ〜良かったね♪」なんて軽々しく口にする気には到底なれない。
凄いわ。あちこちで 深い余韻に浸りながら、少しずつ現実に引き戻され、もそもそと動き出す。しかるべき後、「泣いてしまった...」の声がとぎれとぎれに 漏れ聞こえてくるのだった。

今回は現レギュラーの音川英二のテナーに加え、往年の森山カルテットのフロントだった井上淑彦さんが参加。彼の作曲、アレンジした曲の数々がさらに我々を打ちのめし。2ndの「Non Check 」という曲に至って
は、偶然と必然が産み出し合うメンバーのソロ、デュオ、かけあいのバトルが、どこまでも化けて絡み合って。とんでもない高みへと登り詰めていった。

テナー2本、アルトにアコーディオンと計4人のフロント楽器でアンサンブルの妙も楽しみ、田中信正のピアノはいつにも増して狂気を帯び、時に儚く切なげに展開、さらに坂井紅介さんのウッドベースは ムンク
の絵のようなシャウト シャウト シャウト。ただただ身体をえぐられる衝撃と感動に、身も心もボディーブロー、全身打撲の虚脱状態で 帰途についたのだった。

いやぁ。すごい。凄すぎる。こんな世界を届けてくれる人達と同じ時期、
同じ空間に生きていることに 感謝。
出逢えたことに 至福を実感。。

[ 井上淑彦&森山威男SESSION@桜木町 DOLPHY ] 
1st set
1.Sound River   (音川英二 曲)
2,Waltz for Forest (井上淑彦 曲)
3.Witch-tai-to   (Jim Pepper 曲)
4.Sunrise     (板橋文夫 曲)
2nd set
1.N.O.W.      (音川英二 曲)
2.Birth of Life    (井上淑彦 曲)
3.渡良瀬      (板橋文夫 曲)
4.Non Check    (井上淑彦 曲)
encore:
Gratitude      (井上淑彦 曲)

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2005年05月01日

お気に入りのワイン4

370f2f3e.jpg 先日 鎌倉でのお花見の席に、ワインに詳しい参加者がいらっしゃったので、ここのところ探していたワインについて尋ねました。
探していたワイン。
そう。それは今から二年前。毎年夏に恒例で取り組んでいる反戦劇「飛行機雲」の公演時、楽屋で友人からプレゼントしてもらった1本です。お花やお菓子を頂戴することが多い楽屋差し入れですが、何故か小川のところには酒瓶が並びます。嬉しいような、申し訳ないような(とっても嬉しいのだ♪)、、、。
それはひょろんと背が高く底に向かってシェイプした形の非常に個性的なボトルでした。皆で打ち上げ時に美味しく頂戴した中で、何故かこのボトルのみが残り、それでは、、と独り静かに自宅でいただいたのです。が。。。。

びっくりくりぃ!旨いぃぃ!!!
濃い色合い、華やかな香り、コクがあるのに、タンニンの苦みはほとんど無く、まろやかに優しく口の中に広がっていく。喉越しがまたたおやかで、後味も素晴らしい。ベルベットのドレスに身を包んだ美しいパリジェンヌを彷彿とさせる味。久々に、出逢ってしまったぁぁぁというワインだったのでした。
ラベルを書き写し、それからワイン売り場に行っては探すのですが、なかなか遭遇しない。
ネットで検索するとこんな基礎情報が。

『 Clos Bagatelle / La Gloire de mon pere 1995』
クロ・バガテル/ラ・グロワール・ドゥ・モン・ペール
フランス ラングドック地方サン・シニアン村 オーナー:リュック・シモン
4,500円(税込4,725円) 送料別 赤 コクあり
品種 ムールヴェードル30%. シラー50%. グルナッシュ20%.
「お父さんの功績を詰めた」という名のこの蔵の最高のアイテム。100%新樽で熟成。素晴らしく濃縮していて力強い。熟成させて飲みたい一本。
リキュールのような、甘みを感じる。(ヴィンテージのVDNのようなスタイルがある)3品種をアサンブラージュしており、フレッシュで、ムールヴェードルが色濃く出ている。シストによって、構成がしっかりしている。今年のラングドックのトップ10に入るだろう。
・焼肉、鴨のローストや、スパイスの効いた料理とも合います。

う〜む。途中よくわからん表現もあるが、なんだかよさそう。そこで、くだんのワイン通さんに聴いてみたわけです。
彼曰く、
「お探しのワインですが、ちょっと珍しいですね。普通の酒屋さんでは取扱いが無いと思います。ラングドック地方のワイン自体がまだまだ珍しいですからね。最近ネットでは大分メジャーになって来ましたが。。。通常ネットでの価格は普通の店舗での価格より安くなっています。どうしても呑みたい!っと欲求に駆られたらネットで買ってみて下さい。交通費や運ぶ手間(ワインボトルは重い(−_−;))を考えたら、ネットの送料なんて安いものですよ〜!
どうしても店舗で直接買いたいのなら、インポーターへ直接電話をして、卸している店舗を聞くと良いです。(大体のインポーターさんは小売の免許を持ってないので、直接は売ってくれません。)」
とのこと。

よし!それならと早速ネットで購入!わぁ〜い、届いたぁ♪なんと丁寧なメッセージも添えてくれている。
「ご注文いただきまして、誠にありがとうございました。スタッフ一同、たいへん嬉しく思っています。
10年の月日を経ていますので、リリース当時にありがちだった荒削りなタンニンのパワフル感は、よりソフトで繊細なものになり、しなやかで奥深い味わいになっております。どうぞごゆるりとご堪能下さい。...(後略)」
送ってくれた酒屋さんの心配りが嬉しい。ネットで繋がるってそこに確かに人が居て、人情が介在するから良いもんだね。なんて独り言ちつつ、このワインを携えて、昨夜いそいそと自宅開放ワインパーティーへと出かけたのでした。

ところが。

酒池肉林とはこのこと。皆が持ち寄った料理やら、家主自らことこと3時間煮込んで作った赤ワイン煮シチューの美味しいこと♪ワイン通である彼のワインセラーには赤白黄色、スパークリング、様々なワインがぎっしりと並んでいる!それを次から次へと抜栓、さらに秋田の北鹿酒造から届いたばかりの吟醸、大吟醸の新酒までもが次々登場、、と、私持参のワインなど 開ける暇も無かったですからぁぁぁ、、、残念!(実はあまりに大勢なんで、もっと少人数の時にじっくり味わいましょうという家主の心配りであったらしい)

とまれかくまれ、1Kの決して広くはないマンション(でも場所は横浜マリンタワー近くの超オシャレな高級マンション)に、最多時には12名がひしめいて、美味しい会話を繰り広げつつ、風薫る五月最初の夜は どこまでも更けゆくのであった。

よぉし...次に行った時には呑むぞ!私のお・き・に・い・り。
                          とっておいてね〜〜♪



mokomoko43 at 21:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!