3e21e649.jpg 友だちの生まれた町を 歩く機会に恵まれた。

「宇多田ヒカルの作り方 」なんて本もあったけど、この人がどうやって生まれ育ったのか、どういう環境で人格形成が行われたのか。なんだか興味があることじゃないか。
電車に揺られていく車窓の眺めも なんだか自分のふるさとに回帰していくようで 覚える気持ちは ノスタルジー。

駅に降り立ち、細い路地をゆっくり歩く。うわっ!JR駅からすっごく近いのね。徒歩2分の生家は 今は駐車場になっていた。
小学校、中学校、有名進学校だという高校までも徒歩圏内。買い食いしたパンやさん、石蹴りしながら歩いた通学路。同級生の実家の靴やさん。近所の思い出の公民館。子供の頃は、とっても広く感じた道幅が意外に狭いこと。幼なじみの家の庭にまで入り込み(不法侵入!)、ここでこんなふうに遊んだ... なんて聴いてると、「いいなぁ。。」と思ってしまう。

私は小学校を5回も転校し、中学校は学区外から通い、高校はバスで通学していたし。札幌、仙台、東京と流れ流れて住んでいるので、幼なじみと呼べる友とも 年賀状のやりとりぐらいで、繋がってはいない。

 大都市のベッドタウンとなるその町は 閑静な住宅街が続き、表通りは官公庁から賑やかな商店街まで 半径1kmぐらいに全てが揃っている。
「この狭い空間を18までクルクルくるくる回っていただけなのよね」と問わず語りに口にする友人。息苦しくなってこの町を出たと。ひとつところに留まっていなかった私には 羨ましいとも思える環境なのだが。

夏日となったこの日、熱い日射しに上着も脱いで、昔語りを聴きながら、ゆっくりゆっくり 歩を進める。
ついでだからと お花を買って 墓参り。
一緒に手を合わせながら、自分のふるさとを 思った。

日本全国歩いて いろんな景色や人と出会い、どこか面影を重ね合わせ、毎度、帰郷を疑似体験しているような気がするのはラッキーなことなのか。

 止まったようにも感じる時の流れの中で 心遊ばせた 神無月の一日。
電線越しに切り取られた空は どこまでも澄んで、ちょっとターコイズな青さ。
                いい時間だったな。