2628b843.jpg 願掛けも虚しく。(というか、断酒もたった6日間で終わったのがいけなかったのか)大切な友人と 大切な身内。相次いで逝ってしまいました。

なくして初めて気付く 大切なこと。大切な存在。

いろいろ思う 秋 です。


ご遺体が 怖いものじゃないってことも。
ホッペに触って 額をなでて。冷たいけれどふっくらしてる。
優しく微笑んで そこにいる。
まるで良い夢を観ながら 眠っているように。


大阪の友人は その親友と共に 亡くなる4日前に病院に見舞ったばかりでした。
彼は 人柄からか 素晴らしい友人達に恵まれていました。
春に不治の病と宣告され、それから彼の回りで壮大なプロジェクトが動き始めます。
人生の祭り。良い思い出いっぱいで送ってあげようと、彼を連れ出しての旅行、彼を囲んでの同窓会、次々に楽しい事が企画され、数十年ぶりに再会する仲間達は 楽しい思い出話に いっぱい いっぱい 花咲かせ。
「死ぬことも まんざら捨てたことじゃない♪」と自他共に思わせるような、そんなイベントごとを次々企画する回りの友人達。話に聞きながら、そんな彼らの姿にこそ 私はずっと感動してました。
最後を看取ったのは彼の高校時代の親友と 小・中学校時代に彼が好きだった 同級生の女の子。
30年ぶりに現れて、最期の三ヶ月を献身的に尽くして過ごした彼女を、女神さまのような人やと よく知る人々は口にします。看病疲れで げっそりとやつれながらも「最期を共に過ごした時間は本当に大事だった」と語るのです。
いろんな 愛の形があるんだな。

丁度同じ頃に逝った俳優の藤岡琢也さんが演じていた映画「死に花」そのままに、自分の口で喋ったコメントを動画として流す 遺影。
「ちょっと早いけど ほな先に行ってます。
 みんな待ってるよ。ぼちぼち来てな」
笑った顔で その映像はストップしました。
彼の無二の親友の生歌生演奏と、彼の育てたアーティストの歌に送られて、荘厳で哀しい ヤサシイキモチいっぱいの 心に残るお葬式は終わったのでした。


「私は ほんとうに幸せだったよ」
そう言って亡くなっていった身内は 私の一番尊敬する女性でした。
どんなときでも 痛いとか苦しいとか弱音を口にすることはほとんど無く、いつもニコニコ笑っている。八千草 薫 似の弥勒さまのような笑顔。
近隣の人々からも愛され慕われ、それは素敵な女性でした。
お通夜に聞かせていただいたのは ご住職さまの有り難い御法話。
「亡くなることを 「往生(おうじょう)」と言います。文字通り、往って生まれる、生きるということです。これからは、写真やゆかりの品を見るまでもなく、あなたの心の中にその姿は生き続け、その声は響き続けます。」
と。
通夜の寝ずの番で、控え室からご遺体が安置されているホールへと 線香を絶やさぬように通いながら、しばしずっと彼女の前で昔のこと いろいろ話しかけながら静かな静かな時間を過ごしました。



あぁ 死ぬって そんなに悲しいことじゃないんだな。
まぶたを閉じると 素晴らしい笑顔で 貴男は 貴女は そこに居てくれる。

これからも ずっとね。