重松清 希望の地図
 今週末。横浜の講演会でご一緒するということもあり、ここのところ、重松さんの作品を読んでいる。

今朝、読み始めたこの本。
あまりに素晴らしい内容で、一気に読みきってしまった。

重松 清 著:「希望の地図」幻冬舎 1300円+税


被災地へ 何度も何度もご自身で出向いて、徹底取材を重ねてきた重松さんが紡ぎだした
「ドキュメントノベル」。つまり、事実を描いての小説...なんだね。

日刊ゲンダイの紙上で、2011年9月13日より2012年2月10日まで連載されていたものが、今年の3月11日、震災からちょうど一年の日に発行されたのだ。

物語は、中学受験の失敗、学校でのイジメにより不登校になった少年 光司が、父の友人のフリーライター田村 章がおこなっている被災地への取材に同行し、様々な実在の人へのインタビューや取材の中から、心の成長を重ねていく というもの。

写真救済プロジェクトをおこなう東京の富士フィルムから始まって、
仙台、石巻、宮城県山元町、気仙沼、釜石、宮古、いわき、陸前高田、南三陸町、、、
次々の訪れる被災地での人々の様子、言葉から伝わるリアルな哀しみと喜びとせつなさとが まさに怒涛のごとく押し寄せて。
まるで、読んでいる自分自身が、重松さんに同行取材をさせてもらっているようで。
少年 光司に優るとも劣らない、さまざまな「気付き」をさせてもらうのだ。

東日本大震災以降に書かれた 様々な本がある中、これほどまで心打たれ、涙を流し続けた本は ない。


あまりにたくさんの 心に留めおきたい言葉に溢れていて、全部を胸に焼き付けたいって思ったよ。

私は、良い文章とか表現に出会うと、こんなふうにページを折るクセがある。
だから、図書館で借りるより、やはり買い求めないといけないんだけどね。

折りページ

この本は、そんな言葉たちがいっぱいすぎて、
こんなにたくさん、ページの端を 折っちゃったよ。

Facebookに載せた以外にも、たくさんある 言葉をいくつか
抜き書きするね。


『夢』と『希望』の違いってなんだと思います?
夢は無意識のうちに持つものだけど、希望は、厳しい状況の中で、苦しみながらも持つものなんですよ。


〈ぼくらは、世界に対して無力さを感じることに 負けてはいけない〉
町並み根こそぎ津波にさらわれたあとの、荒涼とした風景を思い出した。


これからは、ネットで「希望」と検索したら、すぐに『釜石』が出るようにならなきゃ。


水槽の中に魚がいるだけでは水族館にならない。子どもたちの歓声があって、初めて水族館になる。


ケセン語訳  新約聖書より
「さァ、これがらだ!来る日も来る日もこの俺ァ そなだァどどして一緒に居っつォ。そうしてこの世を仕上げんだ!」
(【マタイによる福音書より】 見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる)


俺たちの取材は、『希望の地図」という題名で連載しているわけだけど、それは「絶望の地図」と表裏一体なんだよな。前に向かって進む『希望』の隣には、打ちひしがれた『絶望』もあるんだ。それを絶対に忘れちゃいけないよ。


三人とも『第一志望』の人生じゃないんだよ。みんな思いどおりに生きてるわけじゃない。大げさに言えば運命に翻弄されてるところもあるだろうし、「なんで自分がこの立場にいなきゃいけないんだよ」って文句を言いたくなったときだってあったと思う。でも、三人はその責任の重みから逃げなかった。

やらなきゃいけないことをやる。誰かのせいにするんじゃなくて、ただ自分のやるべきことをやる...カッコいいよな、三人とも。




あぁ。。まだまだ まだまだ 人生の指標にしたいような言葉がいっぱいなんだ。

震災によって、喪ったものはあまりにも大きく、深い哀しみが生まれたけれど、同時に 人間の強さ、しなやかさ、優しさ、奥深さ、、、。
何にも変えられない素晴らしいものも たくさん生まれ、増えているのだと思う。

フリーライター田村 章という名前は、実際に重松 清さんが使っている別のペンネームでもある。

大人である田村から 中学生の光司に、被災地で見聴きしたことを 反芻しながら伝えるという体をとっているからこそ、震災後を生きる時間が 我々大人より ずっと長い子どもたちへ 伝えておきたい、伝えておかなければならない 大きな大きなメッセージとして 胸に迫ってくるのだ。

前を向いて強く生きて行こうと思う。

「希望」。
この言葉を紡ぎつづけたら なんて素晴らしい、新しい 日本地図、世界地図が描けるんだろう。。。

ぜひ。

読んでみてください。今年一番のオススメの本!


希望の地図
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